琵琶湖のブラックバス

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なんちょう。

 漢字変換すれば 後醍醐天皇の「南朝」の方が先に出る。大昔の難しい話しではなく 耳が遠い「難聴」のおはなし。

 

 自覚し始めたのが五十代半ば…やたらテレビの音が大きくなり 家人が帰って来るなり 居間のテレビをいきなりボリュームを下げられ文句を言うのが何回も続いた。

 決定的だったのが 漫才やコントの掛け合いがさっぱり分かんなくなってきて 全く見なくなったことかな。

 

 困るのが他の人の呼びかけに応えられないことだろう。遠くから何か言われても 素知らぬ顔で行き過ぎてたそうだ。無視みたいに受け取られることも多々あったのだろう。嫌だ、嫌だ。

 

 加えて 困ることは よくみんな集まって世間話なんかよくすることがあるだろう。それで仲良くなれるはずなんだけど 自分は半分くらいしか聞き取れなくて その輪に加われないんだ。

 だから 今で言う"ボッチ"なんだ。

男だから ひとりでも困らないが 女性だったらたまんない。孤独とお友達さ。

 

 難聴は人から見て分かんないから厄介。いっとき 耳が大きくなるマジックやってた芸人さん(マギー審司だったよな?) がいたが  会う人会う人にあのマジックやって 耳が遠いことを知らせたかったよ。

 

 かのヘレンケラーもこう言ってる。

――  目が見えないことは人と物とを切り離す。 しかし耳が聞こえないことは人と人とを切り離す。

 

 その通り…。